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パリの凱旋門の七変化(2011年8月29日)

凱旋門の由来は古代ローマ時代。ローマの皇帝たちは戦いに勝利すると凱旋門を作らせ、凱旋門を通り、錦の御旗を飾った。
何事も古代ローマ・ギリシアを模範としたフランス皇帝ナポレオンも1805年のおアウステリッツの戦いの勝利を記念して高さ50メートル、幅45メートルの10階建てのビルに相当するような巨大な凱旋門の建築を命じた。
完成は、ナポレオン没後。1840年、流刑地セント・ヘレナ島からパリに戻ったナポレオンの棺は、現在エトワールの凱旋門と呼ばれる、パリの凱旋門の下を通り、埋葬地アンバリッドに運ばれた。
エトワールの凱旋門は、シャンゼリゼ大通りからの眺めも美しいが、エトワールの由来となった広場の周囲から、また直接凱旋門の下からの眺めも美しいく、さまざまな場所から眺望が楽しめる。祝日には、三色旗も掲揚される。
