

ナポレオンは、最初の妻ジョセフィーヌと離婚した後、オーストリア・ハプスブルグ家の皇女マリー・ルイーズと再婚した。オーストリアとナポレオン率いるフランス軍は何度か戦火を交えているので、いわば敵国からの嫁入り。
マリー・ルイーズは、自分が幼い頃住んでいたウィーンのシェーンブルグ宮殿をナポレオン軍のために二度も追い出され、父フランツ1世がナポレオンをコルシカの怪物と呼んでいたこともあり、ナポレオンは恐怖の対象でしかなかった。
ヨーロッパの平和のために嫌々ナポレオンに嫁いだマリー・ルイーズだったが、ナポレオンが実に優しく、ナポレオンを愛するようになり、幸せな新婚生活を送った。ナポレオンの優しさの一端は、蜜月生活を送ったパリ近郊のコンピーニュ宮殿を訪れると分かる。
ナポレオンとマリー・ルイーズは、1810年4月、パリのルーブル宮殿内に特設された礼拝堂で結婚式を挙げ、チュルリー宮殿で祝宴を催した後、蜜月をパリ近郊のコンピーニュ宮殿で3週間も過ごした。マリー・ルイーズの団欒のサロンの壁には、彼女の好きな花の絵で飾り、椅子には高価な花柄の刺繍を使用するほどの気の配りようだった。
しかし、ナポレオンがロシア遠征に失敗し、オーストリア、プロイセンとの戦いにも敗れたために、二入の結婚生活は、約4年間しか続かなかった。(芯)
Palais de Compiegne
60200 Compiegne
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